貿易先
主な交易先の南アメリカ大陸や北アメリカ大陸の諸国、それからアフリカ大陸においても作られることになって、今に至ります。そういうこともあって、ラムとイギリスの関係は、比較的新しいものの、深いものがあり、様々な逸話が海賊や海軍の話とともに伝えられているわけです。
18世紀のイギリス海軍の強さは世界に鳴り轟いていましたが、そんな中でもラムはイギリス海軍の支給品でした。海軍の軍艦動力室において、護摩行のような火気を扱う隊員に、飲んでもらっていました。
そのため、イギリス海軍の全軍艦には、そのための誇らしいラム樽が積まれていたのです。
最初の頃は、水割りではなく、そのままの原酒といった風情のラムでしたが、強すぎるきらいや弊害が有った模様で、同じく18世紀の1742年、バーノン提督といわれるエドワード・バーノンが、ラム酒を水割りにし、半量は水にするようにしていきました。当の動力室関連等の部下達に不満で迎えられ、そういったラムをグロッグとよぶ由来となり今に至りました。それはバーノン提督の徒名でした。
現在においても水割りラムはグロッグと呼ばれ、その音が訛り、泥酔することを日本でグロッキーというまでになっています。